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韓国人留学生、日本の就活を語る。

日本の文化や技術に心惹かれる、日本の企業で就職したい、世界でグローバルに活躍したい… それぞれの夢や希望を抱いて韓国からNBUへやってきた三人。 4年間の大学生活で学んだこと、大分での生活、そして就職活動までを語り尽くします。 リアルなエピソード満載のトークセッション、スタート!

0062016 FEBRUARY

未来を拓くために日本へやってきた。

グンゼ 僕は中学生の頃、父親の仕事の都合で1年間福岡県に住んでいたことがあって、そのとき、高層ビルや日本の伝統的な木造住宅を見て感動しました。日本ならではのデザイン性が高く、心落ち着く空間づくりを本格的に勉強したいと思い、NBUの建築学科を志しました。

ウンソン 僕は日本で就職するためのステップとしてNBUへ編入学し、経営や経済について学びました。日本の企業に就職するためには日本語と英語を完全にマスターする必要があると考え、授業やアルバイトの合間を縫って徹底的に勉強しましたね。

セヒョン 僕もウンソン君と同じで、海外に拠点があったり、海外進出を視野に入れている日本の企業への就職を目指してNBUを選びました。兵役の期間、自分を見つめ直してみて、母国だけでなく、いろいろな国でグローバルに活躍できる能力を身につけようと思いました。

グンゼ 実際に大学生活が始まって、しばらくは日本人の学生とどうやったら仲良くなれるかなぁと考えていました。私たち韓国人だけでなく、その他の国の人から見ても日本人はすごくシャイです。あまり、積極的に喋ろうとしないのかなという印象を抱いてしまって…。

ウンソン 実は韓国人もシャイだよね。アメリカ人の友だちから見たら同じみたいで、「日本人も韓国人も恥ずかしがり屋が多いね」って言われたことがあるよ(笑)。

セヒョン 僕は日本人のシャイな部分は、謙虚さや優しさにつながるんじゃないかと思うんです。だから、一度、打ち解けるとたくさんコミュニケーションがとれるようになりますし、信頼関係を築くことができますね。韓国の友だちのなかに日本語の検定試験で満点を取るような子がいるけど、日本人の先生や学生とちゃんとコミュニケーションがとれない。大切なのは日本語の上手さじゃないよね。

グンゼ 日本で活躍する韓国人のミュージシャンやアイドルたちは、日本語を上手に喋りますが、それは日本で活躍するために必要だと考え、学んでいるからです。言語に限らず、しっかりコミュニケーションが図れて、インターナショナルな感覚を持っていれば、日本でも、中国でもどこでも活躍の舞台は広がると思いますね。

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大分県だからこそ出会える、たくさんのチャンス。

セヒョン 実際に4年間を過ごして、東京や大阪などの大都市よりも、九州の地方都市、大分県にある大学で良かったと思います。大分県は海外からの留学生が多く集まっていて、活躍できるチャンスも多いですね。日本でも有数の国際観光文化都市である大分県では、国際会議や日韓国際映画祭などが数多く開かれます。僕たちは通訳やガイドなどで様々なイベントに参加し、そこでできた縁を大切にしてきました。

ウンソン イベントのMCや通訳などに責任を持って取り組むと、次は名指しでアルバイトの依頼があります。日本は能力中心の社会で、責任感や努力をちゃんと認めてくれる。それがとても嬉しかったですね。僕は大分県の留学生奨学金制度を利用していますので、大分県のことをもっと世界にアピールしたいと思います。

グンゼ 毎日の生活を考えても、大分県は魅力的ですね。まず、海や山など自然が豊かだし、食べ物が美味しい!あとは…都会に比べて家賃がとても安い(笑)。

ウンソン 僕はNBUの「韓国人留学生会」の会長を務めていましたが、大学生活だけでなく、アルバイトやイベントの場でも、どんどん日本の皆さんと交流して、つながっていく方が楽しいと思います。

セヒョン 日本と韓国では文化の違いもあります。韓国は兵役があるので、日本の友だちからよく「どんな感じ?」って聞かれます。「会社やバイト先とかに嫌な先輩とかいますよね?その人と24時間寝食を共にすることを想像してください」って、冗談で返します(笑)。

ウンソン でも、兵役の2年間で、身につ付くものも多いんですよ。協調性や忍耐力、人間関係の築き方など、自分の人生でプラスとなる経験を積むことができます。

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大学4年間の学びを就職活動に活かす。

グンゼ 僕の内定先は、家具を中心としたトータルコーディネーション事業を行っている会社です。面接のときに、A4サイズの真っ白い用紙を渡され、会社に対しての思いなど何でもいいから埋めてくるようにと言われました。そこで、自分が得意なプログラム技術を駆使して、デザイン空間を提案しました。相手の想像を超えるプレゼンテーションをして、自分の個性を見せることが大切だと思うんです。日本人と違ってできること、韓国人だからできることをアピールしました。

ウンソン 僕はまず、大学の進路開発センターで担当の先生に相談をしながら、自分の将来のビジョンに合っている会社を調査しました。英語でのボランティア活動や日本語スピーチ大会で準優勝をしたことをアピールして、商業系やハウスメーカーなど受験し、3社全てに合格することができました。

セヒョン 僕の内定先は、美容・健康機器や化粧品の開発や販売をしている企業です。5回の面接試験が行われました。最終面接までに10名以上の推薦書を準備するようにと言われました。ちなみに70名の推薦書をもらった人が、これまで最高記録ということでした。「よし、じゃあ自分は100名を目標にするぞ」と決意して、2週間という短い期間で97名分の推薦書を提出することができました。この数字は、4年間の大学生活でたくさんの人と交流し、絆を深めてきた証です。

グンゼ 建築学科の課題で製図や模型づくりなど、徹夜をしてまで仕上げることも多かったのですが、完成したときの喜びや達成感があるので、細かい作業も集中して楽しくやれました。日本の建築物を見ても、施工現場に行っても感じることは、すごく細かいところにまで気を使っていることです。韓国よりも繊細な部分を目で見て、肌で触れることができたことは貴重な経験になりました。NBUのある大分県がのどかな所だったということもあると思いますが、日本人は心の余裕があってうらやましいとも感じました。韓国にいた頃の自分は、どこか時間に追われていた気がします。自分を見つめ直す時間や場所があることはとても大切だと思います。

セヒョン NBUに入学した頃は、知り合いも少なかったので、自分をひとつのグッズだと思って売り込もうと思いました。いろんな場所に積極的に出向いていくなかで、自分自身をPRしていくスキルを自然と身につけていきましたね。就職の最終面接で採用が決定したとき、面接官の方に「私が韓国人だから合格したのですか?」と訊ねました。すると、「あなたを一人の人間として評価しています。一緒に働きましょう」と笑顔で答えてくれました。とても感動しましたね。

ウンソン 韓国は学歴社会で、非常に競争が激しいです。学歴は確かに重要ですが、それだけではない努力や頑張りを認めてくれる国が日本です。だからこそ、授業だけではなく、国際交流活動やボランティアなどで自分を磨くことが大切だと思います。しっかりとした目的を持ってNBUに留学すれば、自分自身のキャリアを築き上げることができますし、新しい夢へチャレンジすることもできます。4年間、全力を尽くして大学で学んだ後、日本の企業に就職するのか、母国で経験を活かすのかは人それぞれだと思いますね。

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MEMBER

経営経済学部 経営経済学科4年
キム ウンソンKim Eunsung
(京畿道 富川市 出身)
内定先 ダイワリゾート(株)

NBU「韓国人留学生会」会長。多くの韓国人留学生から信頼を寄せられている。大学時代に語学を積極的に学び、韓国語、英語、日本語の3カ国語を使いこなせるようになる。大分、別府市で開催された国際会議などの通訳やガイドを務めた。

工学部 建築学科4年
ユ グンゼYou Goonjae
(全南 順天市 出身)
内定先 (株)ニトリ

日本の文化や建築に興味を持ちNBU工学部建築学科へ。製図・模型づくりなどの課題には夜を徹してとことん取り組む努力家。就職活動ではオリジナリティ溢れるアイデアを堂々とプレゼンテーションし、面接官から高い評価を得た。

経営経済学部 経営経済学科4年
ジ セヒョンJi Sehyun
(ソウル 江北区 出身)
内定先 (株)MTG

日本企業への就職をきっかけに世界ビジネスへの飛躍を誓う。大分県日本語スピーチ大会や日韓交流国際映画祭のボランティアなど、アクティブな学生生活を送る。幼い頃から、マウンテンバイクの大会に出るなど、チャレンジ精神は人一倍旺盛。